『普通』という幻想



ある人が、次のような本があると教えてくれた:




すぐに意味がわかって笑ってしまったが、こんな思い出がふと頭をよぎった。


米国留学していたころ、ある人の行動について、親しいアメリカ人のおじちゃんに私は文句を言ったことがある。「これって、普通(common sense)じゃない?」


するとおじちゃんは、ふっと笑って言った。「…普通なんてものがあるの?」


そのとき、”はっ”とした。日本では当然通じる言葉。でもアメリカでは、ひとつの価値観だけがよいという考えではなく、いろいろな考えがあり、”これが常識!”と断定すること自体が変なのだ。


「普通じゃない自分が嫌だ」という言葉は日本でよく聞くと思う。でもよく考えてほしい。「普通」って何?


普通=皆がそうしていること


個々人は違う。地球上で、人間は皆対等。役職により権力により上下関係はできるだろう。それは大勢をまとめるには必要な組織の役割だからね。でも個々人は対等。それは、誰一人として同じ人がいないから、全部価値があるのだ。


皆がしていることと同じになることを優先するのなら、自分の個性などなくてもいいじゃないか。皆同じだったら、それこそ異常だ。


そろそろ古い昔からの呪縛を強い意思をもって断ち切ってもよいではないか。




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